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帰雲城
帰雲城(かえりくもじょう)は、今の岐阜県大野郡白川村保木脇(ほきわき)にあったとされる城。内ヶ島氏の居城であった。寛正年間に内ヶ島為氏により築城された。天正13年11月29日(1586年1月18日)に天正大地震が起き、帰雲山の山崩れで埋没。城主の内ヶ島氏理ら一族は全て死に絶えてしまい、この瞬間を持って、内ヶ島氏は滅亡してしまった。また、そのとき埋まったとされる埋蔵金伝説があることで有名。

なお、城のあった正確な位置は現在も特定されていない。保木脇に帰雲城址の碑が建っているが、その場所が城跡であるとの確証は得られていない。




願泉寺資料
泉州貝塚(貝塚市)にある願泉寺住職道喜(宇野主水)が安土桃山時代につけていた日記、『貝塚御座所日記』に以下の記述がある。

天正十三年七月五日、未刻、大地震。
天正十三年十一月十一日、夜九ツ半地震。この頃「光るもの」みたるもの多し。
廿九日夜四ツ半過ぎ大地震、十余日止まず。京都三十三間堂の六百体の仏像すべて倒る。飛州の帰雲と云う在所内島と云う奉公衆ある所なり。地震に山をゆりくずし山河多くせかれて、内島の在所へ大洪水はせ入って、内島一類地下人にいたる迄残らず死たる也。他国へ行きたる四人残りて泣く泣く在所へ帰りたる由。彼の在所はことごとく渕になりたる也。
他、「越中国名跡志」なる史料にも同様の記述があると言われる。


siro_kaerigumo5.jpg
帰雲城が埋まっているかもしれない山崩れの跡



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